いや、本当は友のひとりが行ってみたいというお店をさがしたが見当たらず、三人で頭を突き合わせて調べたら、たしかに今いる場所でまちがいないのにそこには店自体がなく、狐につままれた気分で途方に暮れていたら、そうだ、この近くにあのバーがある、と思いだしてそこへ向かったのだった。
あのバーがあるにしては小ぎれいなビルだな、といつも違和感を抱いていたそのビルに馴れた調子で入り、そこだけはあのバーに似合っているといつも思っていた扉に手を掛けると、なにかがおかしい。看板がない。
扉もあるしビルの入口に店の名前も書いてあるのに、とまたも途方に暮れる三人。
ひとりならあきらめてさっさと河岸を変えるが、そこは、三人寄ればなんとやら。
スマホをにらんでいた、あきらめない友のひとりが声を上げた。
すぐ近くに移転したみたいだ、行ってみよう。
あっけなく見つけたそのビルは、エレベーターから通路から、あのバーにぴったりの佇まい。
そして、やはりあのバーにぴったりの扉の向こうには、少し広くなっただけで変わっていないあのバーがあった。
これも変わっていない、不思議にうまいハイボールで乾杯してから、へんな夜だね、と口ぐちに言い合う。
しかしここのハイボール、どうしたらこんなにおいしくなるんだろうね、といつものようにハイボールを褒めながらほどよく混みあったカウンターを眺めると、なにやらおつまみのようなメニューがコースターに書かれて画鋲で留めてあるのが目についた。
そういえば、ここのバーテンさんはお料理がとても上手らしいよ、と友のひとりが言うのでそれを頼んでみると、平凡なメニューのはずのそれは、えもいわれぬおいしさであった。
これは、ほかのものも食べてみなければね、とひそひそ話をしていると、どうぞ、とお店のひとがメニュー表をくれた。
昂奮して頼んだいくつかのおつまみは、どれも想像を超えたおいしいものばかりで、何度も空になるグラス。
そういえば、メニューに価格がないね
あきらめない友のひとりがぽつりとつぶやいた。
顔を見合わせる三人。
三人寄ればなんとやら(再び)っていうしさ、三人もいればなんとかなるよ、皿洗いなら任せてよ、と口ぐちに言いながらも、頬がひきつる面々。
あのバーがぼったくりバーだったらおもしろいかも、などと失礼なことを考えながら結局なにごともなく、濃い香水の香りの漂う夜のまちを帰った。
そういえば
何年ぶりかで宿泊した海の近くのホテルでエレベーターを待っていると、低くジャズが流れていることに気付いた。
それはヘレン・メリルの「帰ってくれてうれしいわ」
ただの偶然だけれど、にくい選曲だなぁと、にやにや笑いが止まらなかった。
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