べつに、つらいことがあるわけじゃなかった。
なやみごとがあって、もんもんとしているわけでも、なかった。
朝目覚めたとき、ふと
「逃げようか」
と思っただけ。
ベランダの戸を開けたら「はとエアライン」が待機しており
それに乗っかっただけのはなし。
行った先で、おいしいものを食べることができるかもしれないから
朝食は「おはよう!商店」の、かわらぐみとくわの実にした。
いろいろほうり出して旅に出たことに、
罪悪感はまったくなかった。
それより
どこかに泊まっちゃおうか、などと夢は広がる。
山奥の、さらに奥へ進んだところにある、
「すべすべ温泉ねこぞの」に到着。
お風呂までの坂道で、はちわれが溶けそうになって寝ていた。
思っていたより、ずっと鄙びた雰囲気に気をよくして
おなかも空いていないのに、お風呂のあとの食事もたのんで地下の風呂場へ。
廊下の赤いじゅうたんといい
かしいだ階段といい
脱衣所の棚の低さといい
これは「鄙びた」なんてもんじゃない。
わたしが出たから、いま貸切だよ、
とおばあさんが
髪を乾かしながら笑う。
そうなんだ、うれしいな、
と答えながらも
実は(帰らないで)と心の中でつぶやいていた。
露天風呂は崖の下にあり
木や竹の根がむきだしになっているのをながめて湯に浸かっていると
内湯に続く引き戸が、激しく閉められた。
誰かが入ってきたのだ。
しばらくして内湯に戻り、その人の方を見ると
こちらに背を向けて、ものすごい勢いで長い髪を洗っていた。
たまにこちらを振りかえり、凝視&静止。
かれこれ、15分以上はそれを続けているその人がだんだん怖くなり
風呂をあがった。
しっかり温まったおかげで汗がとまらず
扇風機の風を浴びながら、身支度を整えていると
今度は内湯から脱衣所への引き戸が、激しく開けて閉められた。
もう化粧なんてどうでもいい、と
ほうほうのていで荷物を抱えて食堂へ。
お昼どきを越えた鄙びた食堂には
焼酎をボトルでとって飲んでいるお年寄りグループがひと組。
酔いでまわらぬ舌で、艶話・・・というよりエロ話を無限ループ。
ある年齢を超えると子どもに戻るってのは、こういうことか、
と考えながらウーロン杯を飲むうちに
先ほどのおそろしいできごとも忘れた。
帰り道、あまりに曲がりくねった小道が多いので
ちょっと坂を下りてみたら、あっという間に迷子になった。
しずかな漁港をながめたのはよかったが
先ほどの温泉の裏にあたる場所に、なぞのトンネルを発見して
再度震え上がる。
おもうぞんぶん浜辺を歩き
「古本」の看板が目に入ったので、そのまちの古本屋さんへ。
帰りに読む本を手に入れた。
喫茶店に入ることもなく
漁港のおいしい魚をつまみに一杯やることもなかったが
いい具合にくたびれて、帰途についた。
2 件のコメント:
まるで短編集を読んでいるかのような1日…
いいな、思いつきでそんな1日。
そ、そうかな・・・
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