2021年10月5日火曜日

ふしぎなまち・土浦

なんとも魅力的、などという言葉ではおさまりきれない熱量の高さのかえるかわる子さんの展示を観に初めての土浦へ。
今年の夏はつくばで、先日は近所で怒濤の個展を見たが、今回はご本人念願のご実家での記念すべき個展。そのご実家は県の指定重要文化財になっている酒屋さんと聞いて、そしてDMに描かれた土浦のまちのお店にも行きたくて楽しみにしていた。

空腹で土浦駅にたどりついてまずはお蕎麦屋さん。気になる喫茶店や天ぷら屋さんがあったので、軽めのたぬきそばにした。醤油の味が我が東東京より濃くて新鮮だった。
あちこち寄り道してようやくたどり着いた会場は思った以上に重厚で彼女の作品にぴったりだった。
活けられていたお花まで、季節にも作品にも気分にもぴったり。
近所のお年寄りやたくさんのお友だちでほどよくいっぱいの古い建物の中で、しばし友だちの実家にお邪魔した気分で作品だけでなく飾られた手拭いや梁などにも見入った。階段が梯子のようで緊張した。
地元愛の大きさと、自分を変えようとして変えた姿にまた圧倒された。行ってよかった。

この日は結局、スマホをまったく見ずにDMの手描きの地図のみを見て歩いた。久しぶりのこの感じ、わくわくして楽しかったなぁ。間違いないだろうと思ったお店はやはり間違いなくて、それでも寄ることができたのは蓮根カレーパイのお店と古書センターと天ぷら屋さんまで。また来月のこちらでの個展にも来ようと思った。

そういえば私もフリーペーパーやかわら版が好きで「深川福々」のお手伝いをしたり、自分でも一度作ったこともあったのだった。
その名も「ねまち新聞」。
このときは広告が好きで広告のためにお店をつくって新聞で宣伝したのだけれど、かわる子さんの新聞をたくさん見るうちにまちの新聞をつくってみたくなった。

酒場巡礼の日々

緊急事態宣言が解除になり、近所の飲み友だちに誘われてあちこちこんばんは。
とはいえ心から安心はできないのだが、一軒一軒訪ねるたびに以前の感覚がよみがえる。最初に行ったのは「おいてけ堀」。
水茎の跡うるわしきメニューを見ずともすらすら注文。お馴染みのメンバーとも会えたし、しみじみ美味しかった。
次の日は別の「おいてけ堀」。(実はいくつもあるのだ)ここでも美人女将や大将たちの元気そうな顔を見ながら、ありがたく美味しく飲んだ。
また別の日は自家製チーズが特に美味しいお店。翌日から緊急事態宣言でしばらく来ることができないと目を皿のようにしてメニューを探したときそのチーズを発見した。食べたらおいしくて、たしか6皿も食べた。それでも嫌いになるどころかもっと好きになった。今回は3皿食べた。

どのお店の風景も味もそのままでうれしかったが、以前と違うのは家にねまちがいること。あまり泥酔する気にはなれず優等生的にごちそうさま。酒もいいがねまちが気になる。それにしてもみなさんお元気でよかった。
落ち着いたらソロ活動も始めようと帰宅すると、ねまちの顔を見てやっぱり我があばら家が一番かもしれないとも思った。
いいのよ、帰ってこなくても。ごちそうさえ用意してくれればね。

2021年9月30日木曜日

都内屈指の鈍感

この頃、労働を終えて帰宅すると必ずラジオがついている。朝、家を出るとき必ず消しているので、ねまちがつけているのは明白だ。自分でラジオをつけて「荻上チキ session」を聞いていたのかと思うと、日に日に巧妙になるいたずらにも納得。

妹と姪たちとで「ひびのこづえ展」を楽しんだあと、こっくりこっくり遠くのホームセンターへ。せっかく久しぶりに横浜駅へ行ったのに、ぶらぶらしていてもねまちのごはんやミルクが気になって仕方がない。洋服はしばらく買っていないし毎朝のメイクも雑になった。それでも「ひびのこづえ展」のすごさは忘れずにいたい。

急に思い立って都市農業公園を目指して走ったある日。隅田川と荒川がくっつきそうなほど近い。ラジオの交通情報でよく耳にする扇大橋から河川敷を見下ろして、この草むらを整備したら死体が最低2つは出てきそうだなと思い、そういえばとその近くに住む友だちにメッセージを送った。
お目当ての公園は都内とは思えないほど静かでのどか。田舎にいる気分になりしばらく園内を見てまわったが、あなたがくぐったあの橋は都内屈指の心霊スポットだよと先ほどメッセージを送った友だちから言われたのが気になり早々にさようなら。行きに通った河川敷ではなく整備された堤防の上の五色桜の道を走った。霊感は皆無だが例の橋の下は見ないようにして扇大橋にたどり着いたときはホッとした。
暗くなり始めた街なかを走り買い物をすませて帰宅すると、ねまちが熱烈に迎えてくれた。ねまちにも霊感がないことがわかった。

2021年9月26日日曜日

同じ名前

ぐずぐず走りに出たある日、おじさんの顔の看板が目を引くパン屋さんがあった。

普段パンは食べないのだけれど、なぜか気になって引き返した。まちのパン屋さんといった風情だが中を覗くと意外にも大人のパンが多く見受けられる。先ほどまで外で待つお客さんもいたが運良く空いていたのでイン。あんパンが人気のようだけれど売り切れたとみて見当たらない。
さんざん悩んで酒のアテにぴったりなパンを3つ選んだが、どれも見た目以上に美味しくて止まらなかった。

別の日、やはりいやいや走りに出かけて見つけたお蕎麦屋さん。

ちょうどお昼時だったのでまだビタイチ走っていなかったが迷わずイン。座って食べるソバは天せいろと決めている。お蕎麦も天ぷらも昨日耳鼻科に行ったおかげもありとても美味しくてうっとり食べた。
愛読している「低み」に出てくる、美味しいものを食べたあとの自分のげっぷも好きだという人にまったく同意できなかったのに、この日ばかりは激しく同意。干潟のカニや野鳥を見て走りながら余韻を楽しんだ。

近所のお花屋さんも大好きなまちのパン屋さんも、このパン屋さんとお蕎麦屋さんと同じ名前。
うれしい偶然と、途中で手に入れた揚げたての厚揚げに浮かれて前のめりで走ったそのタイムがその日のベストタイムであった。

2021年9月22日水曜日

かわいすぎでは

ねまちに逢いに近所の友だちがやってきた。
相撲好きなその友だちから15時に待ち合わせましょうと言われて相撲中継とねまちを楽しもうという魂胆だなと思ったが、相撲中継をほとんど見ずにねまちを見てばかりいる。しまいにねまちへのお土産がたった今自宅に届いたとわざわざ取りに戻ってくれた。そのお土産がどれも彼女が喜ぶものばかりで、ふとりとも息を切らして遊び気付けば21時を過ぎていた。
いつもクールで冷静なその友達は後日、前置きなしに「ねまさんは、かわいすぎでは」とのメッセージを送ってきた。そして高性能なカメラで撮影したたくさんの写真と動画も送ってくれて、人さまの家の子を待ち受け画面にしてしまいそうです、とまで。

こんなにかわいがってもらってありがたいと思う反面、なぜか友だちに嫉妬心が芽生えた。
コロナ禍のせいでなく、うっかりしているうちに行くのを忘れていたカクテルパーティに、遅ればせながらその友だちも特別に呼んでやってもいいかと思う。

2021年9月18日土曜日

ねまちとは

姪たちがねまちを見たいと泊まりにやってきた。ねまちは人見知りせず姉妹とにぎやかに遊び、接待も出来ることがわかった。
姪たちとはおしゃれカフェでおしゃれなモノを食べたりレモネードの飲み比べをしたり銭湯で玉露のお風呂に入ったり夜更かししたり、朝は宿題のあとランをしたり途中で蚊に食われたり九月場所初日の国技館へ寄ったり昼からDJブースのある銭湯で炭酸泉に浸かったり、夜はピザとパスタで朝はおしゃれカフェのパンで、まったく女子らしい休日であった。

ねまちの名前の由来を聞かれたので、子どものときのお祭りの夜の話をした。ねまちゃんは、ねまちへ行ったことがあるの、と訊かれたので、そりゃそうよ、ねまちから来たんだもんと応えるとふたりはうらやましそうな顔をした。

車でないと行くことのできない場所にある神社のお祭りは昼間から出ている露店が楽しみだったが、一度夜店を知ってからは夜店に行きたくてたまらなくなった。しかし唯一運転の出来る父親が夜は晩酌で腰が重く、どんなに訴えても連れていってくれることはなかった。めそめそ泣いていると決まって祖母が、ねまちへ行くかと背中をポンと叩いた。ねまちが何なのかは訊かずとも気持ちは弾み、喜んで廊下を歩いて階段を上り布団の中へ。なぜ毎回気が付かなかったのか不思議だけれど、きっと本当にねまちへ行っていたからだろう。そしてねまちゃんが家にやってきてから、私もまたよくねまちへ行くようになった。

きんもくせいとぎんもくせいと彼岸花が同時に咲く今年の初秋、あまりに早すぎるその甘い香りに今年は歯が痛くなることもなかった。
きんもくせいよりもねまちのワクチン接種での病院の先生からの、美人さんね、の言葉が頭の中をずっとリピートしている。うれしいその言葉に、謙遜するどころか力一杯肯定したのは言うまでもない。
毎日シャトーブリアン食べてますからね!

2021年9月8日水曜日

両国と両国以外のさんぽ道

友だちに誘われてランステの街ランに参加。芝浦ふ頭を走った前回も楽しかったがその夜は地下鉄で外苑前まで行きパラリンピックの行われているスタジアムの周りを走って途中みんなでコーチにガリガリ君をごちそうになってから走って帰った。夜のガリガリ君はとてもおいしくてスタジアムの外にいても聞こえる音や声に気分が高揚した。

別の日、別のメンバーと多摩湖へLSD。エリートランナーしかいないこのLSDにも少しは馴れてきたか。というより、ひとりLSDのときはなぜあんなに走れないのか。涼しくて気持ちよくて喋り倒したが脚はガタガタで、銭湯で生き返った。

また別の日、先月展示を観に行った方の別の展示が近所であるというので出掛けた。
なにか気になる、なにかが好きだと思うのには理由があるのだなぁと刺激というより感銘を受けてその勢いでアンティーク市にお邪魔。
またまた使うあてのない大きな入れものにひとめぼれ。

秋になって例の親子も仕様が変わった。
この親子は愛されているなぁ。