2021年5月11日火曜日

君津ウルトラマラソン

2本飲んだあのお銚子は2合徳利だったのだと気づいたのは、朝起きたとき自分の身体にまだ酒が残っていたから。食欲もなく、ゆで玉子をもそもそ食べて出発。二日酔いの翌朝に体温を計ったら37.5℃を超えていたという人の話を思い出して青くなったが、会場で計ってもらった体温は34.4℃であった。

まだ肌寒い早朝、グラウンドでストレッチしていると、57㎞じゃあ物足りないでしょう、と地元スタッフのおじさんが話しかけてきた。とんでもない、完走できるかどうかも怪しいです、と答えると、このあたりは平坦で走りやすいから大丈夫だよ、と昨夜の大将と同じことを言う。でも結構な坂道が2ヶ所あるからな、おれも昔はよく走ったもんだよと言うので、今日は走らないんですかと訊くとおれはこれよ、とハンドルを握る仕草をした。
開会式での、九十九谷からの景色をぜひ見てくださいとの言葉をしかと心にメモして早朝6時にいざスタート。

雨上がりのバラの香りに包まれた川沿いの遊歩道を走るのは気持ちがよかった。
確かに田園風景は多いが変化に富んでおり、水田のかえるの声や珍しい雑草、民家の花を見て走るのが愉しい。草刈りをしている人の脇を通ると青臭い初夏の匂いがした。
しかし愉しく走っていたのはそこまで、そのうちにおなかがしくしく痛くなってきた。これは明らかに昨夜の深酒のせいだ。二日酔いで仲間たちと遠くの湖までLSDに出かけて、森の中でおなかが急降下してえらい目に遭ったという人の話を思い出して青くなったがそこまでではなく、それでもげっそりしながら最初の坂道に入ると、スタート時に並走していたランナーたちが折り返してきた。すれ違うときに「ナイスラン!」と声をかけてもらうもそのとき私はとぼとぼ歩いており、ナイスでもランでもなかった。しかしフィトンチップという言葉が何度も頭に浮かぶほど木の香りがいっぱいだった。
何か所めかのエイドでりんごジュースやバナナをいただいてすっかり元気を取り戻したのでそこからは普通に走った。いちばん険しいといわれた鹿野山はとても走るような坂道ではなく、みなのろのろと歩く。登山だなこりゃとたまに漂う田舎の香水に息を詰まらせながらもくもくと上る。途中あたりが開けて絶景が現れた。これが九十九谷か、と山に囲まれて育ったものだから懐かしくなって休憩。
さて走りますか、とゆっくり進むとしばらくして折り返しのランナーたちが。すれ違うたびに声をかけあっていくと女性ランナーが、もうすぐ折り返しだよ、おにぎりあるよ、と言うのでスピードを早めるとあっけなく折り返し地点に到着。
果たしてまだおにぎりはたくさんあったが食欲はなくクエン酸ドリンクをガブガブ飲んであたりを散策。大きな神社があるなぁ、と見ていたら、ここは神野寺という有名な神社だからぜひ見ていってとスタッフのおじさんに言われたので参拝することにした。ひっそりとしたなんとも清々しい神社であった。
ここからは下り坂のみで喜んで飛ばしたが、途中へびが応援に来てくれたのに気付いてアドレナリンが引っこんだ。
それにしても抜きつ抜かれつのランナーが同じ顔ぶれだなぁと思いながら朝走ったバラの香りの川沿いの遊歩道に出ると、向かいから走ってきた方がエアサロンパスと冷却スプレーを取り出して、あと少しですよ、いかがですか、と声をかけてくだすったので遠慮なく太ももにかけてもらった。コロナ対策で私設エイドは禁止されていたので、こうして走りながら気遣ってくださる方が何人もいてありがたかった。
いよいよゴールが近づき、戦友のようだった抜きつ抜かれつのランナーをぶっちぎってスピードを上げた。早くビールが飲みたい一心で。そしてグラウンドを一周してゴール。
と思ったら、前を走っていたおじさんがまだ走っている。もう一周あったのか。
記録係のお兄さんに、残り一周しないでゴールしてしまいました、と告白するとタイムは調整するからもう一周しますか、と問われ、まだ元気が残っていたので走り出した。ようやく本当にゴールして完走証をもらいに行くと、すごいっすね、おれならごまかしますよ、と褒められた。
それから完走メダル、水、地元のお菓子、お弁当、ガリガリくんなどをいただいて、地元のみなさんが片付けているのをぼうっと眺めながらあっという間にさようなら。
念願のビールはお弁当をつまみに。たけのこご飯に肉団子。いかにも手作りのそれが本当に美味しくてすぐに胃袋におさまった。
タカラガイはきれいに磨いて貝殻コレクションに加えた。

2021年5月10日月曜日

君津ウルトラマラソン前夜

翌日にウルトラマラソンの大会を控えたその街で発見したお店はなんとも好みの佇まい。
ただしそのとき時刻は15時。雨の中あちこちを歩き回って開店時間ちょうどにイン。
カウンターに腰かけて、お魚はなにがおすすめですか、と訊ねると今日のかつおはうまいよ、切りながら秋のかつおみたいだなぁと思って自分の食べる分よけちゃったもん、と大将はどんぶりの中のかつおを見せてくれた。
瓶ビールを注ぎながら天ぷらは何にしようかなとメニューをにらんでいると、突き出し出すから待ってな、と見事なえびフライを3本も揚げてくれた。
しばらくして、かつおをメインに2、3人前はあろうかというボリュームと内容の刺盛りを出してくれた。これは熱燗でしょうと決意。
かつおはもちろん鯛や平目やかんぱちまで、おや、これはと思わず大将を見ると、ウニもしっかり入れといたよ、とニヤリ。

ずっと大将ひとりだったお店が途中から娘さんやお孫さんが来てお店が回り始めた。
いつも孤独に飲んでんのかい、と大将に訊かれたので、孤独じゃないけどそうですよ、明日のマラソン大会に出るんですと答えてコースマップを見せた。
57㎞も走るのかい、まあこのあたりは平坦だからな、とマップを娘さんやお孫さんに手渡した。へえ、こんなとこまで走るの、田園風景しかないよ、と娘さんたちは目を丸くした。
どこから来たんだい、と訊かれたのであごのマスクを引き上げながら、すみません東京からなんですと小さくなった。嫌な顔をされたらどうしようと身構えたら、しばしの沈黙のあと、おれは世田谷からここへ来てもう40年になるよ、と大将。生まれは三重、と聞いて三重の友だちの顔を思い出した。もう84なのに若いよね、と隣の席のお客さんが言ったのに驚いた。どう見ても80歳代には見えない。
ここはいいところだよ、海も近いし山もあるし、と大将が話すのを聞きながら次は何を食べようか考えていると、娘さんが後ろからそっとお皿を置いて口の前に人差し指。マーボー豆腐だった。和風のマーボー豆腐はなつかしい味だった。
久しぶりの酒場がうれしくて満腹に近くなったがハゼの天ぷらを注文。しばらくすると今度は大将が大きなお椀を差し出した。地元の海苔のお吸い物がたっぷり入っていた。
明日走るのに酒なんか飲んで大丈夫か、と何度言われたか。まだ時間も早いしよく寝たら大丈夫ですとおいしい天ぷらも頂戴してごちそうさま。
これやるよ、と大将が差し出したのはむかし海の近くの売店で見たものをもっと立派にしたような貝殻。タカラガイっていうんだよ、これ持って走れば完走できるぞ、と言われてハイ、必ず持って走ります、とペコリ。
いいお店だったな、私も鼻が利くようになったよ、と心の中でフンド氏に自慢して、よせばいいのに仕上げの缶ビールまで飲んでおやすみなさい。

2021年4月26日月曜日

両国のさんぽ道

休日にしては早く起きたので、しばらく行っていなかったお店へ。
前夜は「ニューねこ正」で飲んだくれて、さらにおみやにしてもらったどじょうの唐揚げで家でも飲みあげてぺろんぺろんだったのでなにも食べたくなかったが無理やり胃を起こした。
そこは以前フンド氏が見つけた場所で、おかあさんひとりで切り盛りしているとても古いお店。丸いスツールには洗いざらしの綿の布カバーがかけられている。雑誌やテレビに出ていてもおかしくない味のあるよいお店だが、常連さんのために絶対にメディアには出ないと以前から言っている。
この日はやきそばサラダに決定。出来上がるまでどうぞ、と新聞を手渡されたがすぐに出来上がった。これよかったら、ときんぴらごぼうも付けてくれた。年寄りが多いからね、やわらかめなのよ、あたしも年寄りだけど硬い方が好きなんだ、とおかあさんは言ったが、ほどよい硬さであった。実は早朝から営業しており、ここのじゃないと、と納豆定食を毎朝食べにくるおじいちゃんがいると聞いて、次は朝来ますと頭を下げてごちそうさま。珍しい野球の番付表も見せてもらった。
食事がすんだらコーヒー。
コーヒー豆を買いに行くと必ずご夫婦とマラソン話になる。さっそく先日のトレランの話。
奥さまに、メロンのもらえるオンラインマラソンを教えてもらって、つめたいコーヒーを啜りながら今度は本屋さんへ。
最近だれかれ構わずに少年隊やニッキの話をするのだが、先日こちらでもべらべら話したら後日店主から関連本が入荷したとの連絡をもらって参上。
80年代のサブカル女子のための雑誌「MOGA」は、年代が違うからか田舎に住んでいたからか、サブカル好きだったのにまったく知らなかった。さらに以前ラジオで特集を聞いて読みたかった「Neverland Diner 二度と行けないあの店で」を発見。文庫本もこれは、というのが三冊も。これでゴールデンウィークの読みものはそろった。

こうして近所で一日油を売って歩く休日がなにより好きだ。

2021年4月25日日曜日

切り裂き魔、霧吹き魔、文脈魔

1年以上ぶりのライブに高鳴る胸をおさえて日比谷野外音楽堂へ。
この日はCreepy Nutsのオールナイトニッポンゼロの日本語ラップ紹介ライブ。Creepy NutsのイベントだけれどRHYMESTERの30周年Tシャツを着て、主催はニッポン放送だけれどTBSラジオのアトロクのサコッシュを提げてオラついて出かけた。
野音はかなり久しぶりで、緑のむせかえる匂いが気持ちよかった。
ライブはもう本当に、控えめに言っても最&高でマスクの中でシンガロング。それにしても、こんなに色気と凄味とかわいさのある大人って他にいるだろうかと改めてRHYMESTERに夢中になり、Creepy Nutsの「ONCE AGAIN」での文脈魔ぶりとそれに感激するRHYMESTERに胸がアツくなった。当然、終演後に配信チケットも購入して幼なじみとメッセージのやりとりをしながら夜中まで興奮。途中ビールを買いに出て、気付けば2時半を越えていた。
翌朝も起きるなり復習。何度観ても腰が砕けてじーんときた。海まで走りに出てからもずっと、あんなカッコいい大人に私もなりたい、否、少しだけ近付きたいと考えながらぼんやり。
帰宅後もまた復習し配信期限が終わった。
それにしてもさぁ、と昨晩何度も交わした言葉をまた幼なじみにぶつけたくなったがぐっと堪えてお弁当のおかずをもくもくとつくり続けた。誰が食べるんだこんな量。

2021年4月23日金曜日

どの酒場もどうか無事で

たまにはひとりでしんみり飲もうと、毎度おなじみの「ニューねこ正」。
そこでお久しぶりねの相撲友だちに再会して5月場所の展望を語り合い、美人女将から少年隊関連の貴重なBlu-rayを貸してもらい舞い上がって帰宅。美人女将から、お弁当箱忘れてるよ、とのメッセージが入ったので翌日もてくてく向かう。
「ニューねこ正」には2日連続どころか週6日行っても飽きない。飽きるどころか、あれも食べたかったこれも食べたかったと後悔する。それどころか同じものをまた食べたくて週に6日通ったこともあった。以前はひとり客というと断然男性客だったが、最近では女性のひとり酒もちらほら。おいしいものがたくさんあるのだから当然だ。
お弁当箱、洗っておこうかってうちのが言ってたんだけどさ、と美人女将が笑った。そんなそんな、と言いながら、もし持ち帰ったお弁当箱にここのごちそうが詰まっていたらうれしくてたまらないだろうなと想像してこっそり笑った。
あ、来ちゃったと美人女将がつぶやいたので入口を見ると、こちらもお久しぶりねの未亡人会会長であった。高齢で一人暮らしのため、近所に住むお子さんたちが出歩かないよう心配しているのだが隙を見ては「ニューねこ正」へ来ているらしい。会長は好事家であり、ある相撲部屋の後援会もやっている。よってまたこの夜も相撲話。
次の日は「おいてけ堀」へ登場。今日はひとりでしずしずと飲もうと思っていたら、隣に座った紳士とその隣のゴルチェおじさんがやけに盛り上がっており、いつの間にかその中へ入っていた。生まれも育ちも両国、御年84歳だというその紳士はあの老舗「ちゃんこ えびすこ」の隣で生まれたという。
はっきりとした江戸弁は聞いていてとても気持ちがよい。海釣りの話から陸釣りの話(いわゆるおネーちゃんの話)まで、こんな薄汚い中年をお嬢さんと呼んでくれて一杯ごちそうしてくだすった。今度私が釣った鯛の写真をお見せしましょうと約束してさようなら。
そういえばここのところ、ひとりで飲もうと思ってひとりで飲んでいなかった。人見知りだったはずなのになぁ、と最近お気に入りのスカートとPUNPEEの「ODD TAXI」を聴いてしんみり。それから幼なじみがドはまりしているNulbarichの「Be Alight feat.Mummy-D」を続けて聴く。なんていい曲なんだ、と無限ループで聴いて間に少年隊をはさんでまた聴いて、とちゃんぽんのようなことをしていたら酔いがまわった。

2021年4月21日水曜日

南房総花嫁街道トレイルラン

酔った勢いでエントリーした「南房総花嫁街道トレイルラン」は午前の部・午後の部どちらかを選ぶことができたが、なにしろ酔った勢いだったのでダブルエントリー。14㎞×2で合計28㎞。
花嫁街道なんてかわいらしい名前!標高200mだというし、花嫁さんを迎えに行くのだからきっとピクニック気分で行けるコースなのだろうとタカをくくっていてトレランということを忘れていた。

前日泊まった民宿の女将さんが、あそこはハイキングに行くところよ、へぇえ、走るの、と言っていたとおり、ハイキングを楽しむ人たちと何度もすれ違った。

最初は花婿街道でほうほうのてい、時折見える海に感激しているうちにいつの間にか花嫁街道へ。
こんな険しい道を通らなければいけないのなら実家に帰らせてもらいますと花嫁が逃げ出そうにも、引き返すのも大変だなぁと考えながら時折コースを間違えたりしつつ走る。
ランナー同士はもちろん地元のお年寄りやスタッフたちが気持ちよく応援してくれて、カメラマンまでもが励ましてくれてつい笑ってしまう。彼らもこの山を登ってきたのだ。うぐいすの声とつつじの花、藤の花が目を楽しませてくれて、なんとか午前午後ともに完走。
前夜の民宿の女将さんも、そこで出会ったトレイルランナーさんも、午後の部で、あんたまた走るの、と声を上げた沿道のおばさんも、千葉のマッターホルンの話をしてくれたおじさんも、丸太橋を渡るのを助けてくれたスタッフも、みんなやさしくて愉しかったなぁ。初めての磯そばも民宿のムツの煮つけも、友だちがくれた大福も落花生のソフトクリームもちゃんぽんもおいしかったなぁ。

当日待ち合わせた友だちのクルマがオープンカーで、まぶしく輝く午後の海を存分に見ながら快適に帰路についたが、あれからまだ筋肉痛がおさまらない。
そして体重はビタイチ減っていなかった。

2021年4月16日金曜日

ほめられて・再び

通常以上にダメな1日を終えて「おいてけ堀」へ飛び込んだ夜。
今日はなくてもよい1日だったなと落ち込みつつも酒を飲んでひとごこち。すると憧れの大ママがカウンターに出てきて突然、髪の形がいいわねとにっこりひとこと。いつも厨房にいるのを遠目に見てすてきだなと思っていた大ママが!
ダメな1日がこのひとこと(そもそもこの髪型をつくった『サロン・ド・こけし』のマダムがほめられるべきことなのだけれど)で、最近撮った写真がマンホールのふたばかりで我ながらしけた生活をしているなと思っていたのが急に悪くないと思えた。
トレランの大会が迫っているのにまったく練習していないことに焦り、雨の中干潟へ向かって走り出した休日。この日もマンホールのふたばかり気にして走る。
広い広い市川市からようやく船橋市に入ったことに気付いたが、やんでいた雨がまた降り出し酒場の開店時間が近づいていることに焦って、干潟まであと2㎞のところでグッバイ船橋。
トレランどころか大会自体が久しぶりなのにこんなに練習していなくて大丈夫なのか、と思うが、大会よりも前日泊まる民宿が楽しみでたまらない。しかも初めてひとりで民宿へ泊るのだ。
生ものを大会前夜に食べるのはご法度だが、海のまちへ行くのに食べないテはない。