2019年7月19日金曜日

不審者とタクシードライバー

あれはまだ、ひどく弱っていた頃のこと。
自宅から離れた繁華街の酒場で、当時好きだったギタリストに遭遇して握手してもらった夜。
相当飲んだのにまったく酔えず、寝てもいないのに電車を降りすごしたので戻ろうとして逆方向の電車に乗ってそれに気付いてまた下車、もう一度よく考えて電車に乗りなおすもまた間違えて、やはり酔っているのか、と観念して適当な駅で下車、日曜日の夜の終電にはまだ早い時間、すぐにつかまったタクシーに乗り込むと話し好きな年配の運転手さんで、道々にある暗くて見えない歴史的建造物などをていねいに説明してくださるもこちらは弱っている上に酔っているので、はぁ、としか返事はできず、なぜかこの運転手さんになにもかも話してしまいたいという気持ちが抑えられなくなり、私、弱っている上に酔っているのでこれからおかしなことを話しますけど聞いていただけますか、と前置きしたのちにとりとめのない話を始めたら、驚いたそぶりもなくていねいに聞いてくれたので、誰にも言えなかったことを全部話して、知らない人にも仲のよい人にも胸の内をここまで話したことはそれまでも今もないけれど、こりゃへんな客を乗っけてしまったな、と運転手さんは思っているだろうと申し訳ない気持ちになったのに、タクシーを降りるときに、お客さんは大丈夫ですよ、がんばってください、とやさしい声で言われたことは忘れられないしどれだけ支えになったかわからない。
運転免許は持たないが、夜のだらだらドライブが好きだ。
夜の深い時間帯にラジオを聞きながら景色が流れていくのを見ていると、あの運転手さんを思い出す。


そういえば
酒場で遭遇したギタリスト、お手洗いから戻った彼の手は乾いていた。
と、いうことは・・・

2019年7月17日水曜日

筋肉痛はいつくるの

ある晩帰宅すると、家中が覚えのない香りでいっぱいだった。
秘密の会合で肉を食べに食べて食べ倒してきたあとだったが、全身についた肉のにおいが負けるほど色気のある香り。こんな香りのもの持っていたっけ、と香りのもとを探すと、それはよく熟れたすももと友だちからもらったシナモンだった。


夕方18時に横浜を出発、夜通し走って箱根湯本に翌朝ゴールする、というイベントに参加した。
「しとしとぼっちゃん」の傘なんてあってもじゃまなほどの、豪雨の中を走った。
どうかしてる、と気付いたのはすべて終わって帰宅し、洗濯機を回しているときだった。

本当はゴールしたら即帰りたかったが、くさいのを通り越して最&高にくさくなったこのカラダで始発電車に乗るわけにはいかず、みんなで温泉へ。
昨年は日焼けを気にしながら入ったこの露天風呂、今年は霧雨を浴びながら気持ちよく浸かり、ともに走った仲間たちと痣を見せ合って労をねぎらった。

午前中の電車の中で飲んだビールはじっくりおいしくて、当然眠気を誘うものだった。今が何時なのかここはどこなのか、話していないと脳が溶けだしそうで、とにかくよくしゃべった。筋肉痛はまだ、なかった。



帰宅したらいい香りがした夜の、秘密の会合のこと。
年齢も仕事も立場もいろいろ違う異色のメンツが、近況報告をしながらステーキを次々に平らげる。デザートを食べる段になって話が盛りあがり、あと一軒、あと20分だけ行こう、と夜の喫茶店へ。
こんな時間にコーヒーを飲むことは珍しいが、正直者の集まりなので酔って適当に話すのもナニだ。言葉を選ばず、思ったことをシンプルに伝え合うのは気持ちがよい。


要するに
自分が大切にしていることに土足で踏み込まれると、いくら温和な我々でも怒るよね、という結論に達し、さわやかにお別れした。


そういえば
夜通し60㎞走ってゴールした翌日も練習会で走った。どうかしてる。
筋肉痛はまだ来ない。

2019年7月11日木曜日

ほおずきの香り 紳士のはじまり

あさがお市もほおずき市も終わった。

ほおずきが残り少なくなった夕暮れの浅草寺は、打ち水とほおずきの青臭いにおいで、なんともしんみりした気分になる。
しんみりするとロクなことはない。あわてて酒場へ急ぐ。

こんな夜は「ニューねこ正」ではなく
「おいてけ堀」でぼぅっとするのが気分だ。
フンド氏のお父さまが行きつけだったこのお店は、入口近くのカウンター席が好きだ。
にぎやかだけれどうるさくなく、ちょうどいいお店。



たまには誰とも話さず、スマホも見ずに、ぼんやり飲みたいものだ。
やらねばいけないあれやこれや、憂鬱なあれやこれやをとりとめもなく考えたり、本を読んだり、まわりを見まわしたり。
ふと気づくと、カウンターの離れた席で若者がひとり酒を飲んでいた。
チェックのジャケットが涼しげで、なによりひとりを愉しんでいる様子が好もしい。
ご近所さんが、お勘定時に美人女将に軽口を叩いているのを見て微笑んでいる様子に、私の考える「紳士」の片鱗を見た。

1.美味しい肴があり愉しいお酒が飲める、そんなお店をいくつか知っている。
2.常連ぶったり、お店のひとにタメ口をきくようなことはしない。
3.大勢で行くとき以外、安いだけのお店には行かない。
4.決して最後の客にはならない。

フンド氏から見てとった、私なりの紳士像。私は、今のところ4があやしいかな。



・・・というより、たまにはジムに行こうぜ自分。

2019年7月8日月曜日

年に一度のお楽しみ

福島県は二本松へ、今年も走りに出かけた。

マラソンが盛んなこの地で今年50回めを迎えた「東和ロードレース」は、坂道しかない通称「地獄坂」と後半500mの「極楽坂」で構成されるハーフマラソン大会。
毎年暑さとひどい湿度で時間内に完走することさえ厳しいこの大会、本音は・・・走りたくない!けれど、一昨年初参加した際に仲よくなったおじさん(文通友だち)と顔を合わせるのが愉しみで参加している。

今年は雨降りで肌寒く、びしょぬれでひいひい走っていると「通称・いつもの場所」こと6㎞を越えたあたりでおじさんを発見。おーい、と手を振ると、おじさんはおもむろにカメラを構えた。

ゴール後、記録証をもらう列で後ろにいた方と少し話す。この方は77歳にして20年以上この大会で完走しており、来月は51㎞のトライアスロンにも出るという。すごい!がんばってください、と心から激励した。


おじさんカーに乗って、安達太良山方向へ向かう。
おじさんカーにはバケツの底ほどの大きさのカサを持つ、特大きのこが乗っていた。たぶんしいたけだと思うけど食えないよ、となんでもないように言う。

霞ヶ城のすばらしい石垣を見学したり、美しいしらさぎの悪行の数々を聞いて大笑いしているうちに温泉に到着。
まじめに走らなかったからカラダのあちこちは痛まなかったが、すべすべ温泉につかったら疲れがとれた。
念願のお蕎麦は、食べている最中におじさんがもう一人前追加で注文してくれており驚いたが、おいしかったので当然完食。

郡山駅まで送ってもらい、また香り豆送ってくださいね、とずうずうしいお願いをして慌ただしく別れる。いつのまにか親戚みたいになっているおじさんと私。


そういえば二本松へ向かう東北本線で、目の前にCreepy nutsのDJ松永にそっくりな若者がいたので、聴いていたiPodを彼らの曲に変えてこっそり観察した。
髪型も顔も完璧、でも靴下とベルトが残念であった。(余計なお世話だ)


楽しかった日のことは、わかってくれる誰かに話したいもの。
帰宅するやいなや、傘をさしてかわいこちゃん酒場へ。
(この日かわいこちゃんは触らせてくれなかった)

このところ日曜日によくここで会うひととマラソン話で飲み上げ、さて最後はなにを飲もうかと考えていたら、大将が「大会おつかれさま」と一杯ごちそうしてくれた。
大将がこっそりつくってくれたハイボールは、休日のしめくくりにぴったりな味でとてもおいしかった。

2019年7月4日木曜日

ひとりでもふたりのように

少し遅い時間に「ニューねこ正」ののれんをくぐると、いつもの席のひとつ向こうに会いたかった彼女。
いつもの席に腰を下ろすなり美人女将は、鼻がきいたね、と笑った。

少し遅い時間だったせいか、お店の空気がほぐれていた。
自分の好みがしっかりしている、スタイルのある彼女と話すのは楽しい。落語には一家言ある彼女とは、いつか落語会にご一緒したいと思っている。

「最後の客にだけはなるなよ」とフンド氏にきつく言われていたのに、この日は最後の客になってしまった。腰を上げようとすると、美人女将がすいかを2皿差しだした。毎夏の愉しみ・富里のすいかだ。鼻がきいたとは、このことでもあったのか。


別の日、やはり少し遅い時間に「おいてけ堀」の縄のれんをかきわけると、一番好きな席にはいつものようにプロ雀士。今夜はプロ雀士とのんびり話そう、とカウンターへ向かうと、手前のにぎやかな大テーブルから手を振る、会いたかった人。
失礼します、と大テーブルに相席させてもらうと、他のみなさんは、全員ここで出会った関西人とのこと。私も以前大阪に住んでいました、と言うと、じゃあみんな関西人やな、と乾杯。
会いたかった人がいつも以上に巻き舌で饒舌なのは、ご一緒しているみなさんが今どきめずらしいほど人情に厚いやさしい人たちだったからだろう。

雨が降り始めた中、一同なぜかタクシーに乗り込む。
今日知り合ったばかりの、トウの立った若輩者まで連れて「スナック女将」によく似たスナックへ。
「スナック女将」と違うのは、男前で歌の上手いおとうさんがいるところ。
みなさんに促されておとうさんが歌った曲を私は知らなかったが、とてもいい喉をしていらした。
店には若いサラリーマンたちとひとり客がちらほら、聞くと全員関西人であり、そして領収書を切る人は皆無であった。

思いがけず愉しい夜。
また会いたい人が増えたと思うと、酒場ののれんをくぐるのも、わくわくする。

2019年7月1日月曜日

君がいなければ

わけあって、ひとり実家へ帰る。

実家へ帰っても人間はいない。
文太だけがいたのさ。


思いつきで、高速バスを5つ以上手前の停留所で降りて、ローカル線にして唯一の路線であるJR飯田線に乗る。
母校の生徒が何人かいた。変わっていない、いなたい制服。空(くう)を見つめるまじめそうな女子は、こちらが無遠慮に見ていても気付かない。


実家に着いて文太と軽い散歩に出る。少し前にも歩いたこの道は、時間のあるときに探索したい橋やトンネルがある。
空がうすく紺色をまとい始めた。

今夜は広い実家にひとり。
長い夜になるぜ、と冷蔵庫を開けるも、めぼしい食べものがない。がっくりとうなだれて、あるものをつまみにヘルシーすぎる晩酌タイム。早くも両国が恋しくなり、読みかけの本を読んでいるうちに気を失った。


翌日は、予報が外れてお散歩日和。
毎年欠かさず行っている5月のお祭り以外には行くこともなくなった馬見塚公園へ。
文太にとっては初めての場所だからか、あちこちをくまなくチェックして歩く。
途中、もさもさした柴犬と一触即発になったり、知らない道を発見して行きたくなったりもしたが、朝の散歩としてはこんなもんでしょう、というところで切り上げる。
朝昼兼用に、畑にあった特大ズッキーニでラタトゥイユのようなトマトソースのパスタをつくり、忘れちゃなんねぇゆで玉子とともにゆっくり食べていたら、近所にあるスピーカーから広報が流れてきた。

○○グラウンドに クマが 出没したと 通報が ありました

この季節には珍しく、今年はよくクマが人里に下りてくるらしい。
文太はこのニュースの内容も知らずに、広報に合わせて歌っていた。

うっかり昼寝してしているうちに雨が降り出したので、傘をさして食料調達に出かける。
途中、若いヘビに出くわしたり、若葉色としかいいようのない色のケムに遭遇したり、そして帰り道でさっきのヘビが私の大声に驚いてすごい勢いで逃げていくのを見たりして、ぐったり疲れて帰宅。
買ったのは、大豆としいたけと高野豆腐の粉。なんだこのチョイス。今宵の晩酌も期待できない。こうなったら田舎の酒場で初ソロ活動としゃれこむか、と覚悟を決めると、お隣さんからおすそ分け。おかげで、わざわざ電車に乗って飲みに行かずにすんだ。


そのまた翌日は、ものすごい暴風雨。
台所の目の前の山桜やグミ、なつめの枝が折れて飛んできそうな勢いで、文太との〆の散歩はできず。うらめしい目で私を見るが私だってつらいのよ。
お隣さんが見送りにきてくれたときと、友が迎えに来てくれたときにのみ、わざわざ雨の中でしょんぼりと立ちつくす名優・文太。じゃあね、元気でいるんだよ、との私の声に目をそらすのはいつも通り。

友と珍道中ドライブを愉しんでいて出くわしたたぬきを見て、急いでいるわりに足が遅いね、と友に言うと、たぬきってわりとどんくさいんだよ、と言われて、たぬき=どんくさいという図式が頭に刻まれた。あと城下町の裏道には気をつけろ、ということ。
さんざん喋ったのに見送ってもらったあとにまだ話し忘れたことを思い出したりして、うれしいおみやげもどっさりもらって帰路につく。
帰宅早々、遠方の友だちから、白アリ(と思われるもの)が出てパニックで、との電話。
頼りにしていたお向かいの師匠は先日亡くなったし家族は不在だし建築士のいとこには電話がつながらないし、で、浮かんだのがあなたの顔ってわけよ、と言う。白アリについてなんの知識も経験もない私になぜ、と問うと、前にも大変だったとき、話聞いてくれてなんか盛り上げてくれたからさ、と言う。大変な状況のひとを盛り上げただなんて人聞きの悪い。でも、その晩も盛り上がってしまった。

2019年6月27日木曜日

ハチとケムと天国

10年ほど前から、毎年そこへ来るという一匹のハチに会った。
(※これは数年前にボツになったハチ王子)

種類・大きさも同じハチが、毎年やってきては細長い花壇を飛びまわるのだが、かなり近くに来ても威嚇もしないという。この日は紫式部の花にいた。
(※これもボツになったハチ王子)

もちろん同じハチのわけはないけどね、なんだかかわいいのよ、と花壇の手入れをしているひとは目を細めた。
さらにこの花壇のきんかんには毎年数匹のケムが住みつき、さなぎから蝶になって飛び立つという。最後の「シ」まで言いたくないくらいケムは嫌いだが、爪の先ほどの小さなころから目をかけていると、かわいく思えるものなのかしらん。
どちらにしても、毎日花壇の手入れをていねいにしているからこそ、わかることなのだと思う。

我が家のくちなしとジャスミンは、毎朝毎晩の私からのストーカー行為に疲弊したのか、ゆっくり咲きなさいよ、とあれだけ言ったのに、次々に花を咲かせては枯れていく。
寝る前に少し窓を開けると、濃い香りが流れてきて実にいい気分だ。



近日中に、幼なじみにまた「天国」へ連れていってもらうことになった。
通称「天国」(仲間内ではこれで通じる)はお湯だけでなく食事もとにかくすばらしいのだが、なんといってもすばらしいのは、ここを切り盛りするふたりの女性とイケメンホストすーちゃん(犬)。

元祖「天国」を気に入って遠方から通い詰めていた仲良しいとこが、高齢のため「天国」を閉業する先代に、あんたたちでやんなさい、と言われて引き継いだのが現「天国」なのだそう。

とにかく仲のよい三人は、誰ひとり欠けても大変だ。

先日連れていってもらったときも、変わらず温泉はどこよりもすばらしいお湯だったし、お料理は唸るほどおいしかったし、ホストは接客を健気にこなしていた。ご近所さんから山男まで、みんなでわいわい話して楽しかった。

けれど、ひとり足りなかった。

ここにいるみんながその話題を避けていることで、却って彼女の不在が大きくなる。
幼なじみが、お料理をつくる女性となにごとか話して涙ぐんでいたことも、気付かないふりをした。

深い山の中での女ひとりの営業はやはり限界なので、相方が復帰するまで、いったんここを畳むとのこと。

「天国」を好きな人たちが心の拠りどころを少しの間なくすのはさみしいことだけれど、大丈夫。会いたいとさえ思えばいつでもどこでも会える、と「ブエノスアイレス」のラストでファイも言っていた。

あなたたち次から次へとホントによく喋るね、可笑しくて笑い疲れた!といつも呆れられていた幼なじみと私。病み上がりでも容赦しませんよ。