2019年8月6日火曜日

家に着くまでが竿灯まつり

友の待つ北へと向かった。
四十路をとうに越えてから仲よくなった友が誘ってくれた旅。
今回の旅のテーマは、竿灯まつりとさざえ。
冬にしか見たことのなかった千秋公園のお堀に見事な蓮が咲きほこっていることに驚いたり、竿灯まつりの準備をしているのをながめたりしながら向かうと、日傘を差した友が待っていた。
友とは仕事でもつながりのあった、私も大好きな陶芸家による出張風鈴絵付け教室が、数日前に決まった。陶芸家は、大好物の「わだち」とメロンを提げてやってきた。
初めての稲庭そうめんと友の庭の野菜のお料理、陶芸家の実家のなすの素揚げなどで昼食。友の手料理はいつもおいしい。

絵付けをする風鈴は思いのほか大きくて、丸腰で臨んだので妙な汗を大量にかく。せっかくならおみやげになる風鈴にしたくて、つい今しがたごちそうになった稲庭そうめんと薬味オールスターズの絵を描いた。ねぎを描き忘れていた!


陶芸家が帰り、昼前から飲んでいたビールを再開。
話は止まらず、気づけば外は暗くなっていた。初めて見る竿灯まつりへ歩いて向かう。

東北の三大祭のひとつ、ということしか知らなかった竿灯まつり。
稲穂を模しているという提灯が、大中小とゆらゆら揺れているさまは夢のようで、本当に見ているのだろうかと何度も思うほどだった。友も同じことを思ったようだった。

時間になると、見物客も道路へ出て竿灯を持たせてもらうことができるというので、一番小さい小若狙いで品定めしていたら、中若の竹を握った人と目が合ったので中若を持たせてもらった。持つだけでも重いのに、さらに竹を長くしておでこや肩・腰で支える技なんて、いったいどうしたらできるのか。
すべて終わって戻り竿灯。
太鼓や笛の音はそのままに、竿灯は倒した状態でそれぞれの場所へ戻ってゆく。
そして帰る途中でまた演技が始まった。
以前、マッチをたのまれてつくったお店の目の前だった。
なんとも勇壮で、なすがっこをつまみにビールを飲みながら友と呆けた顔で見上げる。

竿灯をかつぐのは男のみで太鼓を叩くのは女がほとんど。彼ら彼女らを見ていると甘酸っぱい気持ちになる。
夏だし祭りだし、竿灯がきっかけで付き合ったりすることあるでしょう?もっといえば竿灯婚、いや竿灯ベビーとかあるんじゃない?と友に聞くと、聞いたことないと冷たい返事。あの太鼓の子はかわいかったから、中若をかついでいたあの子とくっついたらいいのに、とか、いつ告白するのかな、など妄想が止まらず、夜更けまでそれは続いた。
翌日はこの旅のもうひとつのメインテーマ、さざえを求めて半島へ。
今年はさざえが不漁だそうで、事前にお願いしておいてくれたさざえ小屋へ取りに行くことになった。めったに見ることのできない日本海をながめながらも、まだ竿灯カップルの妄想が止まらない私。
お願いしておいてくれたさざえは、その量を上回るおまけさざえ付き。
さざえが大好物だったフンド氏ならずとも、その場で指でほじって食べたくなる気持ちを堪えて、浜に下りる。
友はどこから見てもプロの手つきで次々に獲物を捕らえた。水がきれいで魚が泳ぐのがよく見えるので、魚がいるよ、と言うと、海だからな、と言われて納得。
さざえが死んじゃうからさっさと帰るよ、と言われて渋々帰路へつく。今夜は大若をかつぐんだ、と意気込む私のためにこの日の予定も詰まっていた。

友がコツコツつくった庭でくんせいをつくっては食べつくっては食べ、ついにさざえの登場。生はもちろん、茹でたものが本当においしくて無言で口に放り込む。さらに、さざえと並ぶフンド氏の好物・かつおのオリジナルたたきで米焼酎もすすむ。そして合間には絶えることのないマシンガントーク。
夏休みで帰ってきた子どもみたいだ、と何度も笑われた。

そんな調子でのんびり食べたり飲んだりしていたら、その晩出かけたときには戻り竿灯になっていた。
それぞれの町へ帰る遠い灯りを見ていたら、また竿灯カップルについての妄想が頭をもたげてきた。友は呆れてモノも言えないようだった。

翌日は昼竿灯へ。
4日間ある竿灯まつりのうち、3日も行ったことになる。
昼間見る竿灯はまさに稲穂で、細部がよく見える。
提灯や法被の柄、お囃子のトラックがそれぞれとてもよくて、そちらにも気を取られる。
デパートの中でもずっとお囃子が流れていて、街のどこかで必ず竿灯を見ることができる。こんなにおもしろいものとは思わなかった、と友に言うと、地元にいながら初めてちゃんと見たと言うので驚いた。

愉しい時はびっくりするほど早く過ぎて、あっという間にお別れの時間。
帰りたくないなぁとグズる私が一瞬で踵を返す魔法の言葉「元気をもらったよ」のひとことで現実に戻ってさっさと改札を通る。この言葉、私が大嫌いなのを知っていてわざと言うのだこの友は。
別れる寸前まで飲んでいたので、駅弁も入らないしお酒もいらない。
スイッチバックの駅まで暗く広がる車窓をながめていたが、気付けば寝入っていた。


両国駅にて。
どうしてこんなに重いのか、とキャリーケース(大)をふうふういって下ろしていると背後で聞こえた「Are you OK?」の声。
振りむく間もなく、自分の体重ほどもあるキャリーケースを片手で持ち上げて運んでくれたのは、目が醒めるような美形の若いサラリーマン。
ありがとうございます、としどろもどろで頭を下げた私に、彼は口元を上げてにっこり笑って去って行った。

帰宅するまでが旅ならば、最初から最後まで完璧というしかない旅であった。

2019年8月2日金曜日

すべて夏のせい

お世話になっている方に、ビアガーデンへ連れていってもらった。
ビアガーデンといえば灼熱のデパート屋上のイメージしかなかったが、そこは涼しい風が通る屋上庭園。ほどよい広さでにぎやかだけれどうるさくなく、おつまみもおいしかった。
少し酔ってから思いきって飲んだ「カレービール」は、キワモノではなくクセになる味。
お世話になっているその方との久しぶりの再会も愉しく、あとで送ってもらった写真を見たらとても遠くの場所に行っていたような気がした。

これからもう一軒行くんでしょう?と言われたが、いえいえ今夜は帰りますよ、とお別れするも、いつものひとからお呼び出し。今夜もビールしか飲んでないぞ、と前日も行った「おいてけ堀」へ急ぐ。
ひどく暑いからか、最近酔いがまわるのが早い。
前日もこのお店で相当酔ったし今夜はおとなしくしていよう、と決心したが、縄のれんをかきわけた先にいたいつものひとの顔をみて破顔一笑。さらにその3つ隣の席には、たまに顔を合わせるランナー青年。話したいことがたくさんある。おとなしくなどできるわけもなく、わいわい飲み始めた。
「おいてけ堀」の大将とママは昔、大きな洋館のレストランの広い庭でのビアガーデンに行ったという。想像してみたらあまりにすてきなので、みんなでため息をついた。


今週半分は、お弁当作りをさぼった。
やる気のないとき無理につくったお弁当はおいしくないので、やる気になるまで待とう。
弁当箱の入った袋を見て、何が入っているの、と訊かれ、愛妻弁当だよと答えたら、え、彼氏?というので愛妻だよ、と言うと、え、女と付き合っているの、と言われたので面倒になって、そんなところかな、と答えたことがあった。
あんまり暑いと、何もかも投げやりになってしまう。

2019年7月31日水曜日

夏服も「メンキー&ノンキー」

脳みそが沸騰するこの季節は、考えごとはしたくない。

毎朝、着る洋服で悩む時間など、たまらなくイヤだ。
そもそも悩むほどの数も持ち合わせていないし、夏場は重ね着の組みあわせを考える必要もないのに。褪せて見える洋服の数々を見ては、ため息をつく。
「メンキー&ノンキー」で、心が弾む洋服を見たい。あとバッグ。
ここに行けば、必ず欲しいものに出会えるから。


先日「メンキー&ノンキー」へ寄ったときのこと。
店主に、一昨日の晩、盛大なくしゃみをしませんでしたか、と訊ねると、したかもしれないと言うので驚いた。一昨日の晩、あなたの噂をしていたんですよ、と言うと、どなたとですか、と訊かれたので初めて会ったおじさんとです、「ニューねこ正」で隣り合わせて話しているうちにこのお店の話になったんです、と答えた。
誰だろう、と店主は首を傾げるも、名前はわからないし顔だって曖昧だ。
あの洋服屋の店名は隠し子の名前らしいよ、とか、あのスーパーマーケットの人たちはとても感じがよいがレジスターのあいつはダメだ、など近所の話に終始しておもしろかった、と言うと店主はピンときたようだった。
「ニューねこ正」いいお店ですよね、ぼくもたまに行きます、と店主が言うので、私は毎週行っています、と胸を張った。

その日見つけたのは、タグまですてきなワンピース。昔、女優が海外旅行に行く際にものすごいおめかしをしていたのを真似て、今度の旅に着ていこうかな。


そうそう
「深川福々」最新号で、角乗り体験取材記を書きました。
(写真は勝手に深川福々のTwitterから拝借しました)
小さいコーナーながら、全身さらしております。
体当たりってこういうこと?脱いでないから違うか。
ばか言ってんじゃニャイよ!(久しぶりのぼっちゃん兄さん)

2019年7月29日月曜日

ビールと花火大会、そしてビール

幼なじみが指定したビールがおいしい小さなそのお店は、たまに通るだけの場所だった。
ごく普通のビールが、店主の手にかかるとすばらしくおいしいものに変身する。

おつまみもどれもおいしくて、特に日本からあげ協会なる団体が絶賛しているというからあげを2個にするか5個にするかで長年の友情にヒビが入りそうになったり、互いに話すことがありすぎてのどが渇いて新たにたのんだビールがまたおいしくて今の今まで話していたことを全部忘れて思い出したりしているうちに、幼なじみの帰りの時間が近づいてきた。
おいしかったです、また来ますね、とあいさつしてお店を出ようとしたら、これよかったらどうぞ、と手渡されたのはその日の夕刊フジ。真ん中あたりに注意してくださいね、いろっぽいページがありますからとの注意付き。

ビールしか飲んでいないのに千鳥足で駅に向かう。そして乗るべき電車を間違えた。
幼なじみの予約しているバスの時間は迫っている。
とにかく降りよう、と適当な駅で下車して別の路線のホームへ急ぐ。
なんとか間に合いそうだけれど念のためついていくよ、と言おうとしてやめた。千鳥足のしゃべり足りないスットコドッコイがついていったら最悪の事態を引き起こしかねない。申し訳ない気持ちで見送る。

へんな汗を流しながら時計をにらんでいると、間に合ったよ、との連絡。心底ホッとしていると、会いたかったひとから突然のお誘い。
酔ってはいるが、ビールしか飲んでないんだと言いきかせて酒場へ。
そのひとと飲むと、いつも愉しい。
ごめんね、なんか一緒に飲みたくなって呼びだしちゃったんだよね、と言われてうれしくなった。いえいえ、ありがたいです、その気持ち。
いつものごとく飲んで飲んで飲まれて飲んで、でも翌朝もきっちり生島ヒロシの声で目覚めた。


週末は、どこへ行っても隅田川花火大会の話題で持ちきりであった。
開催されるか否か、私は昨年に引き続き延期を願っていたが、台風はそれた。

「ニューねこ正」の美人女将は、台風のせいで焼き鳥のおみやげの電話が少ないとぼやいていた。毎年この日は昼過ぎからずっと焼きっぱなしだという。
かわらばん「深川福々」の最新号が発行されて、日中あちこち配布して歩く。
花火大会は夜だというのに、昼過ぎから浴衣姿の男女がちらほら。
配布先でも花火大会の話題で持ちきりであった。

花火大会が実施されるということは、毎年恒例となった「隅田川花火大会LSD」も実施されるということでもあり、日比谷からぞろぞろ走り始めた。
途中、栃の心が丸の内でラグビーボールを持って座っていた。

実は適当に行った場所で全員で今までで一番大きくて迫力のある花火を見ることができて、そして話してみたかったひとたちといろいろ話すこともできて、またもやビールでへべれけの夜であった。

2019年7月25日木曜日

トンネルぬければ

ごく短いトンネルをくぐるのが好きだ。
向こうになにがあるのかわかる程度の短いトンネルをくぐる。
実家の近くにある、線路をまたぐ小さなトンネルが原点だ。
既に向こうがわが見えているにもかかわらず、このトンネルをくぐったらどんな景色が待っているのだろう、と思いを巡らせていた。
しかし高校生になってもまだそのことを考えていたのは、さすがにぼんやり者であったとあるとき気付いた。実際には電車に乗って何度もくぐっていたのに気付かなかったのも、まぬけであった。


残業でへとへとになって帰宅する途中、いつもの公園に提灯と櫓が取り付けられていた。
ここ何年か近所の盆踊りも見ていないし、会社近くのこのお祭りも見ていない。
なんだかんだで気ぜわしいけれど、愉しい用事ばかりなので、たまの残業もヨシ。
祭りの前の静けさは、たまらなく気分が昂揚する。

今年の夏はなんたってもう、水族館でくらげも見たし
かわうそやイルカショーだって見た。
夏の始まりとしては、これ以上ないのではないか。

しかもこの夏、行くところ・行きたいところ、急にいくつも決まった。
会いたかったひとに会うのも、ひとりで行きたい場所も、初めて挑戦することも準備が必要。それで悩むのも、また愉しい。
今年も、ねまちへいこう。
やることが山積みだから、それをなんとかしてからな。

2019年7月22日月曜日

東京でいちばんおいしいハイボール

いろいろの用足しの合間に、ぽっかり空いた時間とお腹。
さてどうしたものか、と思案をめぐらしているうちに、あのお店が浮かんだ。
そうだ、あのお店の東京一おいしいハイボールで時間をすごそう。
世の中はランチタイム。しかしそのお店はそんな時間からひっそり開店し、夜は意外に早く店じまいをするのだ。
今日ならあのカウンターに並ぶおもしろそうな本をめくりながら、いや背表紙をながめるだけでもおもしろそうだけれど、小さな紙に書かれたおつまみのメニューをじっくり研究することもできそうだ。

変わったつくりのビルの変わった形のエレベーターに乗り込んで目当てのフロアに下り立つと、果たしてそこには、あの扉が待ち受けていた。

時計を見たら開店時間ぴったりで、当然口開けの客であった。
ハイボールをください、と言い、さっそくカウンターに並ぶ本の背表紙を見る。どれもじっくり読みたい本ばかりだ。はやる胸を抑えて、小さな紙に書かれたメニューを見る。どれも味わってみたいおつまみばかりだ。
目を本とメニューにやったまま、東京一のハイボールをすする。
どうしてこんなにおいしいハイボールをつくることができるのか、以前その秘密を訊ねたことがある。特別なウイスキーを使用しているわけではないとのことで、ますます謎は深まった。
「Bar GABGAB」の水割りがおいしいのは、白ママの自宅近くの神社の手水を使用しているからではないか、という話はこの界隈では有名な話。


そういえば朝からなにも食べていなかった。
穴が開くほどメニューを見て気になった「緑のきつね」なるおつまみを頼んで、カウンターに置いてある瓶の中の落花生をつまみながら、気になった本をそっと開く。
こんなおもしろい本を無造作に置いているなんて、私のような客がヘンな気を起こしたらどうするのだ、と喜び怒っているうちに「緑のきつね」の皿が目の前に置かれた。
緑のきつねって、そうか、こういうことか、とにやにやしながら口に運ぶ。

おいしい。
たれている目がさらにたれるほどおいしい。見た目も実においしい。
写真は撮らない。撮ったとしても誰にも見せたくない。
ああ、今すぐ誰かに伝えたいこの気持ち。
あの友だちとあの友だちとフンド氏に自慢したのちに、一緒にここへ来てまた食べたいくらいおいしい。大騒ぎしたい気持ちをぐっとこらえて、2杯めのハイボールに口をつける。おいしい。2杯めも、やっぱりおいしい。

こんな時間を過ごしたのは久しぶりだなぁ、と千鳥足で店を出る。
外は当然明るくて、世の中はまだランチタイムであった。

2019年7月19日金曜日

不審者とタクシードライバー

あれはまだ、ひどく弱っていた頃のこと。
自宅から離れた繁華街の酒場で、当時好きだったギタリストに遭遇して握手してもらった夜。
相当飲んだのにまったく酔えず、寝てもいないのに電車を降りすごしたので戻ろうとして逆方向の電車に乗ってそれに気付いてまた下車、もう一度よく考えて電車に乗りなおすもまた間違えて、やはり酔っているのか、と観念して適当な駅で下車、日曜日の夜の終電にはまだ早い時間、すぐにつかまったタクシーに乗り込むと話し好きな年配の運転手さんで、道々にある暗くて見えない歴史的建造物などをていねいに説明してくださるもこちらは弱っている上に酔っているので、はぁ、としか返事はできず、なぜかこの運転手さんになにもかも話してしまいたいという気持ちが抑えられなくなり、私、弱っている上に酔っているのでこれからおかしなことを話しますけど聞いていただけますか、と前置きしたのちにとりとめのない話を始めたら、驚いたそぶりもなくていねいに聞いてくれたので、誰にも言えなかったことを全部話して、知らない人にも仲のよい人にも胸の内をここまで話したことはそれまでも今もないけれど、こりゃへんな客を乗っけてしまったな、と運転手さんは思っているだろうと申し訳ない気持ちになったのに、タクシーを降りるときに、お客さんは大丈夫ですよ、がんばってください、とやさしい声で言われたことは忘れられないしどれだけ支えになったかわからない。
運転免許は持たないが、夜のだらだらドライブが好きだ。
夜の深い時間帯にラジオを聞きながら景色が流れていくのを見ていると、あの運転手さんを思い出す。


そういえば
酒場で遭遇したギタリスト、お手洗いから戻った彼の手は乾いていた。
と、いうことは・・・