友の待つ北へと向かった。
四十路をとうに越えてから仲よくなった友が誘ってくれた旅。
今回の旅のテーマは、竿灯まつりとさざえ。
冬にしか見たことのなかった千秋公園のお堀に見事な蓮が咲きほこっていることに驚いたり、竿灯まつりの準備をしているのをながめたりしながら向かうと、日傘を差した友が待っていた。
友とは仕事でもつながりのあった、私も大好きな陶芸家による出張風鈴絵付け教室が、数日前に決まった。陶芸家は、大好物の「わだち」とメロンを提げてやってきた。
初めての稲庭そうめんと友の庭の野菜のお料理、陶芸家の実家のなすの素揚げなどで昼食。友の手料理はいつもおいしい。
絵付けをする風鈴は思いのほか大きくて、丸腰で臨んだので妙な汗を大量にかく。せっかくならおみやげになる風鈴にしたくて、つい今しがたごちそうになった稲庭そうめんと薬味オールスターズの絵を描いた。ねぎを描き忘れていた!
陶芸家が帰り、昼前から飲んでいたビールを再開。
話は止まらず、気づけば外は暗くなっていた。初めて見る竿灯まつりへ歩いて向かう。
東北の三大祭のひとつ、ということしか知らなかった竿灯まつり。
稲穂を模しているという提灯が、大中小とゆらゆら揺れているさまは夢のようで、本当に見ているのだろうかと何度も思うほどだった。友も同じことを思ったようだった。
時間になると、見物客も道路へ出て竿灯を持たせてもらうことができるというので、一番小さい小若狙いで品定めしていたら、中若の竹を握った人と目が合ったので中若を持たせてもらった。持つだけでも重いのに、さらに竹を長くしておでこや肩・腰で支える技なんて、いったいどうしたらできるのか。
すべて終わって戻り竿灯。
太鼓や笛の音はそのままに、竿灯は倒した状態でそれぞれの場所へ戻ってゆく。
そして帰る途中でまた演技が始まった。
以前、マッチをたのまれてつくったお店の目の前だった。
なんとも勇壮で、なすがっこをつまみにビールを飲みながら友と呆けた顔で見上げる。
竿灯をかつぐのは男のみで太鼓を叩くのは女がほとんど。彼ら彼女らを見ていると甘酸っぱい気持ちになる。
夏だし祭りだし、竿灯がきっかけで付き合ったりすることあるでしょう?もっといえば竿灯婚、いや竿灯ベビーとかあるんじゃない?と友に聞くと、聞いたことないと冷たい返事。あの太鼓の子はかわいかったから、中若をかついでいたあの子とくっついたらいいのに、とか、いつ告白するのかな、など妄想が止まらず、夜更けまでそれは続いた。
翌日はこの旅のもうひとつのメインテーマ、さざえを求めて半島へ。
今年はさざえが不漁だそうで、事前にお願いしておいてくれたさざえ小屋へ取りに行くことになった。めったに見ることのできない日本海をながめながらも、まだ竿灯カップルの妄想が止まらない私。
お願いしておいてくれたさざえは、その量を上回るおまけさざえ付き。
さざえが大好物だったフンド氏ならずとも、その場で指でほじって食べたくなる気持ちを堪えて、浜に下りる。
友はどこから見てもプロの手つきで次々に獲物を捕らえた。水がきれいで魚が泳ぐのがよく見えるので、魚がいるよ、と言うと、海だからな、と言われて納得。
さざえが死んじゃうからさっさと帰るよ、と言われて渋々帰路へつく。今夜は大若をかつぐんだ、と意気込む私のためにこの日の予定も詰まっていた。
友がコツコツつくった庭でくんせいをつくっては食べつくっては食べ、ついにさざえの登場。生はもちろん、茹でたものが本当においしくて無言で口に放り込む。さらに、さざえと並ぶフンド氏の好物・かつおのオリジナルたたきで米焼酎もすすむ。そして合間には絶えることのないマシンガントーク。
夏休みで帰ってきた子どもみたいだ、と何度も笑われた。
そんな調子でのんびり食べたり飲んだりしていたら、その晩出かけたときには戻り竿灯になっていた。
それぞれの町へ帰る遠い灯りを見ていたら、また竿灯カップルについての妄想が頭をもたげてきた。友は呆れてモノも言えないようだった。
翌日は昼竿灯へ。
4日間ある竿灯まつりのうち、3日も行ったことになる。
昼間見る竿灯はまさに稲穂で、細部がよく見える。
提灯や法被の柄、お囃子のトラックがそれぞれとてもよくて、そちらにも気を取られる。
デパートの中でもずっとお囃子が流れていて、街のどこかで必ず竿灯を見ることができる。こんなにおもしろいものとは思わなかった、と友に言うと、地元にいながら初めてちゃんと見たと言うので驚いた。
愉しい時はびっくりするほど早く過ぎて、あっという間にお別れの時間。
帰りたくないなぁとグズる私が一瞬で踵を返す魔法の言葉「元気をもらったよ」のひとことで現実に戻ってさっさと改札を通る。この言葉、私が大嫌いなのを知っていてわざと言うのだこの友は。
別れる寸前まで飲んでいたので、駅弁も入らないしお酒もいらない。
スイッチバックの駅まで暗く広がる車窓をながめていたが、気付けば寝入っていた。
両国駅にて。
どうしてこんなに重いのか、とキャリーケース(大)をふうふういって下ろしていると背後で聞こえた「Are you OK?」の声。
振りむく間もなく、自分の体重ほどもあるキャリーケースを片手で持ち上げて運んでくれたのは、目が醒めるような美形の若いサラリーマン。
ありがとうございます、としどろもどろで頭を下げた私に、彼は口元を上げてにっこり笑って去って行った。
帰宅するまでが旅ならば、最初から最後まで完璧というしかない旅であった。