打合せをしている間ずっと、階下のレンタルスペースからのおいしそうなにおいと複雑なリズムにのせた激しい歌声が気になっていた。
すべてが終わって階下を確認すると、そこにはすらりと背の高い、無駄な肉のついていない、おもいおもいのおしゃれをした黒人男性のみが食事や歌、おしゃべりを愉しんでいた。
これはいったいなんなのだろうね、と友と呆然と眺めていると、ギンガムチェックの布に身を包んだひときわ長身の男性が「どうぞ、セネガルの料理を食べていってください」と、きれいな日本語で言った。
先ほどからのおいしそうなにおいに空腹を刺激されていた私たちは、おそるおそる建物の中へ入った。
オーソドックスな味付けのサラダに始まり
セネガルの主食らしい短いビーフンや
大きなチキンやクスクス、
これまた大きなラム肉
デザートに、ドーナッツや なつめやし
くだものもきれいに盛り付けてあった。
驚くべきことにすべて無料で、道行く誰にでもふるまわれていた。
海外出張の多かった友は、セネガルはイスラム教だよね、イスラム教は人に施すことで徳が高くなるらしいよ、だからありがたくいただこう、と言った。
味はどう?おいしい?と声をかけられたり、お肉ばかり食べてちゃだめだよ、野菜も食べなきゃ、と笑われたり。
セネガル男性たちのファッションは実にさまざまで、セクシーなスーツでドレスアップしていたり、民族衣装に身を包んでいたり、太い首飾りをしていたり。
お言葉に甘えて、おなかいっぱいごちそうになりながらも、これは夢かなぁと友と確認し合う。
誰にともなく、ごちそうさまでした、とお礼を言って外へ出た。
外で煙草を愉しんでいたセネガル男性に、なぜ無料なのか訊ねると、その日はイスラム教のマガルトゥーバというお祭りなのだそうで、世界中の信者がお祝いしているんだ、とのことだった。始祖のアーマドゥ=バンバがいかにすばらしいかをアツく説明してもらい、夜22時までやっているから、おなかが空いたらまたおいで、と言われた。
お酒一滴も飲んでないのに酔っちゃったね、と友と「喫茶ニャーゴ」へ。
いまセネガルのごちそうをいただいて、と言うと店主は、ぴったりのコーヒーを淹れてくれた。
さっきまでのできごとが夢でないことを確認するように、まわりのみなさんにセネガルのお料理について語る、語る。帰り道で会ったひともつかまえて、語る、語る。
なんだか落語のようなできごとだったけれど、落語とちがうのは、サゲがなかったこと。
サゲどころかマクラもないような、ある日の不思議なできごと。